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ブログ - 最新エントリー

さる12月3日の日曜日、
いつもの南材コミュニティセンターにて、
「お茶と禅の会」が開かれました。

今回は中心メンバーが急な仕事で欠席したにもかかわらず
初めての方2名を含む14名の参加があり、
和室に二列でぎっしりと坐りました。
今回久しぶりに「河北新報」の夕刊の広告を再開したところ
広告を見て、2名の方が久しぶりに顔を出していただけました。

座禅の後は、仰月庵老師による
「観音経」の講話を拝聴いたしました。
さらに抹茶と地元の和菓子店「つぼ屋」のお菓子が
振舞われる中、質疑応答が行われました。

今年はコミュニティセンターでの座禅会は
終わりますが、17日の日曜日に
仙台道場で「お茶と禅の会」が開かれます。
皆さま、奮ってご参加願います。

祖芳 拝

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仙台禅会接心会を終えて

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仙台禅会 2017/12/1 6:37
祖芳です。
今回の接心会は、前半会員に風邪や怪我で休む方が多く
心配でしたが、最終日には殆どの会員が無事出席されました。
懇親会には秋の叙勲で瑞宝中綬章を授章された徳田先生も
参加され、勲章を披露させていただきました。


左が仰月庵老師、右が徳田先生。手にしているのが
勲章です。手作りで重量感があります。
よろしくお願いします。


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仙台道場入り口の看板の写真

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仙台禅会 2017/11/23 20:12

杉山呼龍(仙台禅会担当師家)
 
この写真は、仙台道場(仙台市若林区南石切町)の入り口に張られた看板の写真である。
会員の松本秋草さんによって書かれたものである。
この俳句の作者 良寛(1758-1831)は江戸時代後期の人。
新潟の山奥で子供らと手毬をついて遊んだという逸話がよく知られ、
清貧、高雅な生涯を送った禅僧として有名である。良寛について書かれた本はたくさんあり、
この人物が禅僧、詩人としてたいそう魅力的な人であることを示している。
この句は良寛の辞世とされるもので、貞心尼の編んだ『はちすの露』の中にある。
これは、良寛が臨終に近いころ、貞心尼とのやりとりの歌の中にあり、
良寛が死の間際に当たって自己の心境を述べたものと解してよいだろう。
貞心尼は、この仏門に帰依した身にも良寛との生死のわかれは悲しいと表している。
 
生きしにの界はなれて住む身にも さらぬわかれのあるぞ悲しき
 
それに返して、良寛は
 
うらを見せおもてを見せて散るもみじ
 
と詠んだ。これはとりあえずのもので、自作ではないという。
蕉門の俳諧師、谷木因(たに・ぼくいん)の
「裏ちりつ表を散りつ紅葉かな」が本になっているという。
わたしの知っている、ある長く禅の修行をした人は初心者にこう言っていた、
この句は
 
「もみじのうわさをしているのではないのだよ。」
 
わたしもそう思う。わたしはこの句に大禅者の境涯を見るのである。
禅は、生死巌頭に際して大自在を得るものだといわれている。
死を目の前にしても、いささかも動じないような境涯。良寛はそのような境涯をもっていた。
それは、良寛だからできるのであろうか。良寛のような禅僧としての修行を積んだから
このような心境に至ることができたのであろうか。いやそうではない。
大乗仏教は僧侶だけのものではない。われわれ一般人のものだ。
「人間禅」ではその方法をはっきりと示している。
それには、毎日の坐禅を深めていけばよい。
また公案によって心境を錬磨していけばよい。
そうすれば、誰でも、このような境涯に到達できるのである。


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見心です。
11月12日の日曜日に仙台禅会では坐禅会がありました。
最近は坐禅会に必ず作務を取り入れることになったようです。
会員は集合が一時間ほど早くなりました。
朝八時半に春草さん、秋草さん、高鶴さん、とわたくし見心が集合して作務を行いました。
とくに今週の木曜日から三泊の接心会がはじまるので
室内を中心に綺麗の持ちが続くように行いました。
接心会直前の準備作務の清掃は簡単ですむと思われます。
作務を終え休んでいると初めての方がお見えになりました。
女性の方です。仙台道場の近くに住んでおられ30分ほどかけて歩いてこられました。
高鶴さんが坐禅開始の前に坐禅の指導をして
10時からわたくしが直日をさせていただき二炷香を行いました。
この初めての方は前に坐禅をやられたことがあるそうで、
15分されたらお休みされて結構ですとことわっておりましたが
なんと五分の休みを挟んで一時間半ぶっ通しで座られました。
仙台禅会で希望の星となられる方かもしれません。
坐禅を終え30分ほど茶話会となりました。
新しい方も来られ充実の半日となりました。
あまりに作務や坐禅に真剣に取り組んでしまったために
この日が晴れだったのか曇りだったのかわたしは覚えておりません。
ただ雨は降ってなかったです。


 
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11月4日の座禅会の報告

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仙台禅会 2017/11/5 10:17

祖芳です。
仙台禅会の名誉会員である徳田昌則 様(東北大名誉教授)が
この度の秋の叙勲で瑞宝中授章を授章されるという一報に沸く中
座禅会が仙台道場隠寮にて行われました。

当日は春草・秋草の両禅子と祖芳、今回が三回目という女性の方と4人で坐りました。
全員初めてではないので、普段の「お茶と禅の会」より長めの30分ずつ坐ってみました。
そのあと正午ごろまで、4人で禅や仙台禅会の説明・質疑応答を行い、気が付いたら
正午を過ぎても熱心な質疑応答が行われました。

席上、今回が3回目の女性の方から「悩み事相談」を受けているのかと質問がありました。
仙台禅会や人間禅としては特に悩み事専門に対応する会員は置いておりません。
勿論、多くの新到の皆さんは「悩み事」があって人間禅の門を叩くのは承知しています。
悩み事については、相談をしたい新到の方が、参加回数が増え段々慣れていくに
従い、周囲の会員に自然に尋ねる形で対応しているという返事をいたしました。

物足りないように感じる方もいらっしゃるとは思いますが、
そのように、会員皆が家族のようにお互いの身の上を相談して、解決を図っていく。
それが人間禅の特徴と言えましょう。
私たちは決して無理強いはいたしません。あくまで当人・家族・仕事場などの
周囲の皆さんの納得を得ながら、禅を理解・実践していくようにアドバイスをしております。

※なお「相談事」に関しては、老師が来訪される時に「面談」という形で聞いていただけます。
  勿論、内容については他言いたしませんのでご安心ください。


今後とも人間禅仙台禅会をよろしくお願いいたします。





 

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歌人 島 秋人 について

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仙台禅会 2017/10/27 20:17


今回の仰月庵老師様の法話は「禅と死」と題し三人の例を挙げてお話してくださいました。
その中の一人である歌人 島秋人(昭和42年11月強盗殺人罪で処刑)についての感想を
書かせていただく事にしました。彼は死刑が確定してから処刑されるまでの5年5か月の
間に歌に出会い、歌を詠む事によって徐々に真実の自分に目覚め、
考え方が変化していくという
やり切れなくも感動的な内容のお話でした。
彼が歌を詠むことで出会った世界は心を正しくしなければ正しい歌が読めないという
嘘のない世界でした。

何が嘘なのか何が真実なのか、彼は歌を詠むことで
真実の自分に目覚めていったのではないでしょうか。
というのは、彼は「自分の詠む歌は誰にも負けない、嘘のないものであることに誇りを
持っている。」と言い切っているのです。
彼は真実の自分に目覚めることで、自分の「居場所と誇り」を得ることができ、
生きる喜びを知り、自らの人生を変えていったのではないでしょうか。
その事は残された書簡「僕は死刑囚になったおかげでほんとうに生きることの喜びと人生を
知った」という事からも伝わってきました。

「悔いから反省へ、反省から実際に自己を真実に生かしたい」という、彼の力強い思いに
嘘のない真実の彼を見るのです。
「被害者に詫びて死刑を受くべしと思うに空は青く生きたし」と詠まれていますが、
そこにはいつも『死刑を賜った』と純な心で手を合わす彼の心が思われるのです。
処刑前夜に詠んだ歌の一つに「この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る
夜温(ぬく)し」誰もが選べない生まれる時代、場所、環境そして生い立ちを思うにつけ、
かれの人生も決して人事ではない気がしてきました。
今回も心に残る良いお話を聴かせていただきありがとうございました。 合掌  春草



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10月22日の「お茶と禅の会」の感想

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執筆 : 
仙台禅会 2017/10/25 22:30
「禅と死 ーー-3人の例---」(
​3人とは、夏目漱石、歌人 島秋人、
そして仏教学者 岸本英夫)

 
短い座禅の後、
​仰​
月庵老師のお話は素直に身にしみるものがありました。
死とは無縁の日常生活でも、死はいつでも隣に存在しているはずです。
それを見つめた短歌や思索に接することができました。
 
​​「
笑む今の素直になりしこのいのち 在るとは識らず生かされて知る」
島秋人
 
この「笑む」はいったいどのような境涯なのか、わたしには識るすべもありません。
しかし、何か今日一日
、心洗われるような一時を過ごすことができました。
3人とも本格的な禅の行はないそうですが、深浅はあっても、それぞれ境涯は
禅に無縁でないことを知り、改めて禅の懐の深さを感じました。
   合掌

仙台禅会 伊藤
                      
  
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10月14日の「お茶と禅の会」の報告です

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執筆 : 
仙台禅会 2017/10/23 20:43
南苑です。

この日は、春草・秋草・南苑と三名が参加致しました。(三人とも女性です)。
8時30分より作務を行い、清々しい道場で一炷香の静坐を致しました。
名残の季節を迎えましたので炉で薄茶の稽古をいたしました。
いつの間にか自然は豊かな稔りを運んできてくれていました。

今後とも人間禅をよろしくお願いいたします。


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10月7日座禅会の報告です

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執筆 : 
仙台禅会 2017/10/16 6:29
10月7日 雨
今日は仙台禅会の仙台道場での坐禅会です。
仙台禅会では区の公民館で月二回の一般向け坐禅会を行ってきましたが、
これが月一回になり後は仙台道場で月二回の計三回ということになりつつあります。
一回増やした分は仙台近郊の人だけでやっているという感じで人の集まりがまだ悪いです。
この日は予定ではわたしだけということになってしまいました。
道場についてから簡単に掃除をして座布団、坐布を並べて開始を待ちました。
一人かなと思っていたら高鶴さんが来てくれました。
高鶴さんは最近仙台に転勤になった埼玉禅会の方です。
埼玉禅会は今年から仰月庵老師の担当となり
仙台禅会とは昔から頻繁に人的交流があります。
仙台道場にかなり近いところに住んでいて自転車が便利かなとおっしゃっていました。
二人で五分の休みを挟み二炷香をみっちり行いました。
接心会などでは老師への入室参禅があるので、
一時間半の坐禅を続けるのがあまりないのでなかなか良い経験でした。
坐禅が終わってお茶でもと思いましたが高鶴さんは急いでらしたのでわたしも帰りました。
只管打座を一時間半やったという純粋の坐禅会でした。

佐々木見心


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9月30日のお茶と禅の会に参加して

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執筆 : 
仙台禅会 2017/10/12 21:53
参加された春草禅子の感想です。

仰月庵老師様の法話をお聴きしながら、思わず涙してしまいました。
ガンになり長くない余命を告げられたK氏(50代前半)が、悲しみと絶望の中で
「生きるとは・死ぬとはどういう事なのか。」、ガンと向き合いながら、自らに
問いかけていくという内容のお話でした。
K氏が自ら掴んだのは「死には実体がない。」
「死を乗り越えるには、今を懸命に生きるしかない」
という結論でした。私は思いました。K氏は
この一呼吸、一呼吸の中に生死と仏を見、仏と共に生きるという
永遠の「いのち」をえたのではないか・・・・・と。
拙い私の人生経験から悟りめいた事を書かせて頂くのは、
もの凄く勇気が要りましたけれど、自分の理想の世界でもあり
嬉しくなりつい書かせて頂きました。
でもK氏の本当の心境は、誰も誰も測り知る事など
出来ないのではないかと思います。

今回も、心に残る良いお話を聴かせて頂き有難うございました。

                               合掌





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